テキストを表示
輪町を最高として預金者は一、五一七口、預金総額三七万三、三三〇円、同行貸出二四六口その金額二七万八
三四七円に達し、なかには預金残額支払請求訴訟を提起する者も続出した。また町村への影響も大きく、公金預
金では小坂の区有財産と神社積立金の約三万円、錦木一万二、〇〇〇円、尾去沢一万四、〇〇〇円、大湯約二万
円、総額一〇万円に達するといわれており、秋田鉄道株式会社も花輪支店を相手に、預金約三万円の支払請求訴
訟を提出している。
七年八月、盛岡銀行大湯出張所は二四日限り閉店し、事務は花輪において執ることとなった。大湯地域唯一の
金融機関として預金九万円、融資四万円程を取扱い、その閉鎖は大きく波紋を広げた。
盛岡銀行の閉鎖
盛岡銀行の破綻は、鹿角の経済界は勿論一般の生活者にも甚大な影響を与えた。農家の人
にちが苦しい生活の中から万一のために積立てていた命綱の金であり、花輪では主人が死
亡してその退職金を預金していた未亡人が支払停止にあい気が狂った話も伝えられている
回行の代表取締役金田一国士が、七年七月に辞任し、幹部社員の辞職や不当貸付による告訴などが伝えられ
預金者に絶望の色が濃くなっていた。やがて秋田魁新報に「盛銀の預金通帳/市場に売買」の見出しで、つぎの
ような記事があらわれてくる。
花輪支店では極力整理の便法をはかった結果、たとへば千円の預金通帳を売りたいものは大体三分の一の三百円に売四
され、盛銀から一千円の負債あるものは、一千円の預金通帳に現金二百円を添えて出せば、結局千円を帳消にする相殺の
方法をとってゐるので、預金者と負債者間の売買によりすでに四十件が解決してゐる。負債者は千円を皆済するために現
金五百円あればよいので、この方法が今後広く行はれる模様であるが預金者にしては三分の一でも現金にするものが多い