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九九・八パーセントをこえていた。

鉱山と地域

各鉱山が、地元鹿角におよぼした影響は、

多方面にわたりきわめて大きいものがあっ

た。まず経済面について、すでに不況期に入った大正九年

の概況を『鹿角郡産業調査書』は「本郡の鉱床は分布頗る

豊富にして全郡殆んど産鉱地たらざる無きの観あり」とし

た上で、「鉱区数百五十四中稼行するもの二十二、その坪

数八百五十九万七千七百二十五坪に及び、鉱産額九百九十

万五千百三十六円に達し、依然として本郡生産額の首位を

占め、その比率六割六分弱に該当」と記している。この年

の本郡生産総額一、五〇四万三、三三〇円、鉱業に次ぐ農

業生産額は三六七万六、八九一円で全体の二四・四パーヤ

ノト、三位の工業生産額は一〇三万六、三七九円で六・九

ハーセント、郡内生産総額の六六パーセントをとびぬけた

形で鉱業が占める鹿角はまさしく鉱山の里であった。

鉱山の地域産業におよぼすもっとも大きなマイナス面は、

鉱害とくに煙害による農産物・林産物等の被害であった。

第61表鉱区・坪数の増加

(『鹿角郡産業調査書』による)