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百数十町歩の水田について煙害による減収二割五分としたが、鉱山は煙害とは認められないとしてこれを拒んだ。

これまで鉱山は鉱害の程度が比較的少なかったことから、隣接町村に対し公共施設費や寄附金を提供して問題発

生を防ぐ方針できたものの、時代の推移と農民の自覚もあって、その新たな対応を迫られる事態を迎えていた。

昭和五年一月に入り、鉱山は四年度煙害賠償金額を各町村集落毎に発表することとし、まず一五日には曙村田

地二六町三反余、畑二六町、山林二七町、原野二三四町に対し二、二五〇円を、宮川村玉内集落に五五〇円を支

拂う旨を公表した。引き続いて石鳥谷、三ッ矢沢、川部、久保田、荒町、大久保、尾去など順を追って発表する

とした。なお鉱山は賠償とも弁償ともいわず、煙害の補償という語を使っている

〓年五月、十二所町別所では、約四〇町歩の水田が鉱毒水の甚大な被害をうけているとして、かねて農民組合

を組織し鉱山との交渉に入ったが誠意なしとみて、近く二〇〇人余の農民が鉱山事務所へ殺到するとの風聞がたっ

た。一一月鉱山は、交渉や毒水分析等の所要経費をも含めた約二、〇〇〇円の支払いを提案し、解決した

新聞報道によると、六年二月までに尾去沢鉱山の鉱煙毒賠償金額は総額一万五、七〇〇円程度で、全部解決し

たとされている。おもに五年度にかかわる分であろう。また七年一月の報道では、六年度煙害賠償金額の査定を

終わりそれぞれ交渉に入ったが、尾去沢は小坂のように全関係町村の総額を発表せず、一部各字ごとに発表し〓

時に部落代表との交渉により解決する方針をとり、その総額約一万四、五〇〇円で、曙村の八、〇〇〇円が最高

であるとしている。

円山の賠償支払いは、一カ年賠償はごく少なく、被害民の要望に応じての三カ年、五カ年、一〇カ年の継続賠

伺、契約賠償方式をとっていた。また賠償額は集落単位ごと解決の方針なのでその総額は明らかでないが、七年