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度で約三万二、〇〇〇円、八年度、九年度も同じく三万円程度の額となった模様である。

疝局尾去沢鉱山の煙害は、その関係町村において花輪町・宮川村の一部と曙村・尾去沢村の全部、鉱毒水関係

は錦木村土深井と十二所町別所に限られていた。製煉は粗銅までで、とくに一四年以降はコットレル収塵法にし

り亜硫酸ガスの排出を抑える努力がなされていた。また煙害の賠償も、小坂では初めに全関係町村の総額を発表

しその後交渉に入るのに対し、尾去沢は一部集落ごとに発表し同時にその集落代表者と解決を図り、しかも小坂

の一年ごと解決とちがい三カ年・五カ年の一括契約につとめてきたことが、効を奏したといえる。

なおコットレルは、鉱煙の収塵浄化装置でガス拡散をも行い、積極的に煙害緩和をめざしたものであった。昭

和一〇年九月に起工したが、中沢ダム決潰の大災害のため大幅に工事が遅れ、一四年二月にようやく完成をみて

いる。

地域と発電所

鹿角郡は県内有数の電源地帯といわれ、昭和一三年までに鉱山事業専用の水力発電所九ヵ所

をかぞえ、うち小坂鉱山は六、尾去沢鉱山は三を所有していた。地域におよぼす影響も大き

く、尾去沢鉱山碇発電所の余剰電力によって南鹿電気株式会社が設立され、大正一一年から宮川・曙地区の各家

庭に電燈がつくことになった。

とくに大湯川流域には七つの発電所が密集し、大湯村のめざましい発展要因として、同村不老倉鉱山などとと

もに注目されていた。最上流にある小坂鉱山銚子第一発電所は明治二九年九月に起工され、同三〇年六月第一号

機が完成し運転を開始した。引続いて同三五年止滝第二発電所、同三九年扇平第三発電所、同四一年大湯第四発

電所、大正一五年大楽前第五発電所、昭和一三年沼平第六発電所が次々と完成した。