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二〇、三

一一年、昭和竪坑の下四坑道よりさらに一〇〇尺

掘下げ、下五坑道を設ける工事が竣工した。

メートル

これまで通洞地並の上部に整った竪坑がなく、従業員はもっぱら斜人道を昇降し、諸材料はその斜人道を人力

によって背負い上げるか局部的な小捲揚機で捲揚げるほかなかった。しかし石切沢、万才方面は上四坑道、田郡、

赤沢方面は上五坑道と、ともに上部の発展がいちじるしく、さらに通洞以下の探鉱によって生ずる廃石を上部採

掘跡に充填して旧坑の残鉱整理を行う必要などから、石切沢、田郡、赤沢の三カ処に人員昇降と材料・廃石運搬

用竪坑を開鑿し捲揚設備を施すこととなり、この工事は昭和一三年一二月ようやく完成した。

中沢ダム決潰の復旧からしばらくは坑外作業に力点をおき、その余力をもっぱら探鉱にそそいだため、新鉱脈

の発見が相次いだ。一四年、戦時下における銅増産の要請が高まり、七万トン増産計画をたて各種工事に着手す

ることとなった。その計画による粗鉱処理と生産量は第六二表のように見積られていた

第〓表増産計画による一カ月当り生産高

この増産計画にあたっ

て、鉱石搬出の操車が不

便であった従来の通洞坑

を徹底的に改善すること

となり、通洞坑の一五メー

トル上部に、各竪坑とト

部坑井を連絡する鉱石お

よび〓搬出専用の、新坑