テキストを表示
発電所
尾去沢鉱山の発電所は、明治三一年二月宮川村に熊沢川からの引水による永田発電所を建設、
出力一五〇KW・送電々圧三、一二〇〓をもって、初めての遠距離高圧送電を行った。この永
田発電所には、同三八年一二月に二〇〇KW発電機を増設した。ついで同四四年五月米代川にそう碇発電所第
期工事を完成し、五〇〇KW発電機を設置している。
大正以降の発電関係を列挙してみると
大正四年一〇月碇発電所第二期工事五〇〇KW発電機を増設、送電々圧を一一、〇〇〇〓に変更。
大正五年一二月碇発電所第三期工事五〇〇Kw発電機を増設、獅子沢変電所を二、七〇〇KWに拡張した。
大正九年一月大湯発電所を大湯村集宮に建設し、六七〇KW発電機を設置した。
昭和五年三月小又川発電所を前田村
現森
吉町
に建設し、一、六〇〇KW発電機を設置。獅子沢変電所を四、二〇〇
kWに拡張した。
昭和九年一〇月不足電力の補給にそなえ、火力による出力一、〇〇〇KWの花輪発電所を建設する。つづいて電力補
給のため大日本電力株式会社との間に一、〇〇〇KWの買電契約を結び、花輪発電所内にその受電設備と出力三、七
五〇KWの変電設備を設けた。また将来の使用電力の増加にそなえ、獅子沢変電所を六、〇〇〇kWに拡張した。
昭和一八年七月戦時の増産態勢に即応して、小又川第三発電所が完成、出力一、三二〇kWである。
昭和一九年一二月小又川第二発電所が完成、出力一、七五〇KWである。
産額・従業員数
尾去沢鉱山の産出額を、各年度の販売額としてまとめたのが次の第六七表である。また
従業員数の推移については第六八・六九表として示した。いずれも『尾去沢鉱山々史』
)に拠って作成したものである。
三菱鉱業社
史編纂室