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の骨箱十二の寝棺の前においてしばらく黙祷焼香をされ、更に大盛寺裏手の山における仮火葬場より炎々と立ち

のぼる煙に対しても挙手の礼を捧げられた」という。終わってまた徒歩で稲村橋まで戻られ、花輪町公会堂の救

護本部と組合病院をお見舞ののち、湯瀬から帰京の途につかれたのは午後六時一三分であった。

同二四日、三菱鉱業株式会社より取敢えず被災者に対する見舞、弔慰金として一〇〇万円を贈ることの発表が

あり、各方面からの義捐金がその後も続々と寄せられた。一二月二一日、これらの分配案が、町長・知事さらに

内務省社会局の修正を加えた上で発表された。その支給方法は

死者弔慰金

イ、生活維持の中心者三、五〇〇円

ロ、生活維持の中心たらざる家族

満一六歳以上二、五〇〇円

ハ、同一六歳未満二、〇〇〇円

一、同六歳未満一、五〇〇円

負傷者見舞金

イ、従来の生業に従事し得ざるもの

生計中心者三、〇〇〇円

一六歳以上の家族二、〇〇〇円

六歳未満一、五〇〇円

ロ、従来の生業に従事し得ざるもの及び外貌に傷痕を残

したもの

生計中心者五〇〇円…二、〇〇〇円

一六歳以上三〇〇円…一、五〇〇円

〓未満二〇〇円…一、五〇〇円

ほか、負傷者見舞金、罹災者見舞金についてこまかい区分がなされていた。

一一月の変災から一カ月後の一二月二二日午前四時四〇分、第二次災害ともいうべき惨事がふたたび発生した。

さきの中沢ダムの鉱滓がまたも決壊し、築造中の応急甲・乙両扞止堰堤を突き破り、中沢から笹小屋、春木沢