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瓜畑と忽ちのうちに新堀付近まで押し出した。もっとも被害をうけたのは堤防築造工事の現場付近にあった山田
組、大倉組、銭高組各飯場で、一瞬のうちに鉱滓の泥のなかに埋められ、多数の死者・負傷者を出すに至った。
連の鉱山変災の法的責任について、一二年二月仙台鉱山監督局は鉱業権者三菱鉱業株式会社を鉱業法違反と
して大館区裁判所に告訴した。その結審は一二年八月に、大館区裁判事から略式命令をもって鉱業法第九七条お
よび第四四条により罰金一五〇円に処する旨の申渡しがあった。しかし翌九月、当時の鉱山責任者である吹原鉱
山長、稲富工作主任、今野選鉱主任三名が業務上過失致死罪として告訴された。検事、予審判事の実地検証や証
人訊問、鑑定人審査等の繰返されたのち、予審の判決は被告人の責任に帰すべき根拠が十分でないとして不起訴
に決定し、一三年三月秋田地方裁判所予審判事より被告人を免訴とする旨の言渡しがあった。
また、変災犠牲者の霊を弔悼する記念として、鉱山職員有志の発起により、大盛山円通寺境内に四間四面、〓
さ二一尺余の観音堂が建立された。この堂宇の
傍らに幼少犠牲者の霊を慰める地蔵堂が建てら
れた。変災一周年法要の営まれた一二年一二月
二〇日に、曹洞宗大本山総持寺管長を招いて
開眼落慶式が挙げられた。
なお、最終的な鉱山集計による被害の結果は、
第〓表ダム決潰による被害の結果
第七〇表の通りである。