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捨てないためこれを濃縮して再度使用する装置のシックナーによって、薬液の流れでることもない。将来の銅山

もこうなる日があってよい」と讃美的な記事を伝えている。

このような選鉱製煉部門の拡張に即した鉱量増加をはかるため、九年から小三郎露天掘を開始、一一年に新坑

地並の運搬設備を完成し、鑿岩機を六台に増加した。一二年、白根竪坑の取明に着手するとともに、鉱体の発達

状况を知るべくボーリング試錐探鉱を始めた。また白根竪坑の枠のコンクリート打と矢木

矢板、崩壊防

止用材のこと

)取替工

事のほか、捲揚室、コンプレッサー室、鉱員休場工事に着手した。一三年、一月に白根竪坑取明工事が大切地並

に達し、七月捲揚機据付を完了、八月白根竪坑下三番坑まで捲揚可能となった。なお同年、沈澱池新設工事、小

真木診療所新築工事などが完成している

これより先、地元大欠部落との間に借地使用料にかかわる問題が発生していた。小真木鉱山においては、露天

掘による鉱石の運搬等の必要から大欠の部落採草地を借受け、一六年間の使用料三、〇〇〇円で財産管理者の錦

木村長・部落関係者と協定を結んだ。しかるに新たに部落一七名より、鉱山が毎日爆破作業に際し危険の札を建

てる区域についても借用を要するとして借地使用料の要求が出され、なお採草地を経て長木村に至る林道につい

ても無断埋立て使用したこと等、警察署へ告訴するという事態が起こった。その成行については記録を欠く。

また一四年五月四日朝、鉱山へ通勤の労務者五二人を乗せた渡し舟が、川の中ごろで沈没し、奔流に投げださ

れた内二八名は救助されたが一四名は溺死するという大惨事となった。舟は幅四尺七寸・長さ四四尺、定員三四、

五人であったといわれ、遭難犠牲者に対する弔慰金として、のちに最高二、二〇〇円最低八五〇円が贈られた。

同一四年、第二堆積場の新設に着手するとともに、白根鉱の手選を開始、続行しつつあった白根竪坑掘下工事