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し田村博士にも親敷面語の上十和田湖の同計画に好適地たる事を縷々詳述したれば近き将来に於て其の実現を疑はざるも

比較的汽車に遠くして地理不便を免れざるは他の候補地に比して大に不利なる所なりとす。(以下政

同年六月、本多静六林学博士が脇本、草野両理学博士と視察のため来湖、十和田湖を理想的国立公園にするた

めまず十和田湖沿道樹木の伐採禁止、開墾の見合せ、遊覧船の設備、別荘の建築等の必要なことを説いた。同一

一年には国立公園としての根本調査が内務省から県に委嘱され、県は七瀧、大湯、小坂の三町村について鹿角郡

と秋田顕勝会、測候所にそれぞれ調査を依頼した。同一二年には国立公園候補地が全国七カ所、箱根十湖・日本

アルプス・大和大台ヶ原・阿蘇山・島原温泉・日光・磐梯山に決定し十和田湖は漏れた。その後同一四年六月衛

生局の七日間にわたる実地調査がなされ、条件充分と認められた。

その頃国立公園設置の要求が全国的に高まり、各地の請願運動がはげしくなったので、中央に期成会を設ける

べしの気運が高まり、大正一四年秋田青森両縣合同の期成会をつくり活動することになった。同年八月には国立

公園主任の田村博士は「十和田湖は東北代表」との見解を述べている

秋田魁、大一四

・八・一六付

〇。

昭和二年国立公園候補地として全国一六ヵ所が次のように選定された。

一、上高地を中心として(長野)二、日光(栃木)三、温泉岳(長崎)四、阿蘇山(熊本)五、富士山(静岡、

山梨)六、大台ヶ原(奈良)七、磐梯山(福島)八、阿寒湖(北海道)九、霧島山(宮崎)一〇、小豆島(香

川)一一、大山(鳥取)一二、十和田湖(秋田、青森)一三、立山(富山)一四、大沼公園(北海道)一五

登別(北海道)一六、白馬山(富山、長野、新潟)

こうしたなか、昭和三年十和田湖と奥入瀬は、内務省から名勝天然記念物に指定された。