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は盛大な祝賀式典が催され、すでに故人となった阿部藤助、大槻恵蔵、五代関直右衛門の三人に小畑知事から感

謝状が贈られた。

同三五年玉川、大深、後生掛、蒸の湯、藤七の各温泉は「八幡平温泉郷」として国民温泉の指定を受け、地域

民の保養温泉として、また一般観光客の登山保養基地としての性格を兼ねて整備を図ることになった。

三八年一二月、大沼国有林に「ブナ森国定スキー場」が開かれ、冬の八幡平をスキーヤーに開放した。また三

七年トロコから蒸の湯に至る八キロメートルの、秋田県初の有料道路が総工費一億円で完成、八幡平樹海ライン

アスピー

テライン

〓ン)と名付けられた。四六年にはその道路は蒸の湯から頂上をめざし、岩手県と結ぶ有料道路に延長「山

明治

岳起伏多ク巨万ノ金額ヲ要シテモ車道ノ望ミナシ」

と記録された八幡平は、昔日のおもかげもないほ

六年

どのみごとな発展を遂げた。

四、湯瀬温泉

湯瀬村コ

でいた。

かって湯瀬は鹿角街道の盛岡藩番所が置かれたこともある宿駅の一つであった。湯瀬の名は川

の瀬にも湯がわくところからと云われ、温泉は長い間鄙びた湯治宿としてひっそりとたたずん

湯瀬村コヤエ湯瀬村コ行けば木の中萱の中

高い山から朝日さす前はしらかわ湯もござる