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に対して趣旨の徹底方を訓示するとともに、青年団の統一を厳達した。
花輪町では、例えば用ノ目部落のような部落の自治組織に強くくいこんでいる農村部を除いて、まず各町内の
若者組を名目上解散して花輪青年会一本に統一、会長には大里周蔵が就任した。同じ時期に統一できたのは毛馬
内青年会であるが、これも山根地区の正四会は部落の産業・消防・治安と深くかかわりがあったため、しばらく
連合青年団に参加しなかった。農村部ほど、その統一は困難であった
大正八年四月の段階での鹿角八カ町村の状況は、次の通りである
第1表大正八年の青年会一覧(筆者作成・大湯村を欠く