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この指示により大正八年鹿角郡連合青年団が、花輪小学校において創立総会を開いて結成された。その団則は
さわめて官製色のつよいもので、例えば団長に郡長、評議員には町村長、在郷軍人分会長、小学校長が当てられ、
国家統制の意図が露わに表現されていた。
鹿角郡連合青年団団則(抄)
第二条本団は内務、文部両省訓令に基ける郡内町村青年団を以て組織す
第四条本団は其の目的を達せんが為、左記の事業を行ふ
一、青年団に関する調査研究
二、講演会、運動会、講習会等
二、郡内優良青年団及団員の表彰
四、郡内各青年団の補習教育の督励
五、其の他本団の目的を達するに必要なる事項
第七条団長は本郡長を推戴し、顧門及副団長は団長の推薦に依り、評議員会の議決を経て之を委嘱す。評議員は町村長、
軍人分会長及小学校々長を以て之に充つ、幹事は団長の指名に依る
理合青年団団長は団則によりはじめ川上彦二郡長であったが、間もなく花輪青年会長大里周蔵に代っている
処女会の創立
町村ごとの青年団の統一が一応完了し、その系列化が軌道に乗ると、政府は女子青年の組織
化に乗り出し、大正一〇年六月、内務・文部両省の通達によって県内務部より各郡長に処女
会の設立が指示された。
まず内務部長は「子女の教化訓練も亦一層其の必要の度を加へ来たれるを以て、大正十年度より男子の教育点
〓なは女に訓織る秋一經式の義のを加へ来たれるをて大正十年度より男子の教