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新教育の思想は、伝統的な権威主義に対するルネサンス以後の人間解放の精神がその基調である。教育の面で
は、主知的な教師中心の教育を脱却して児童中心の教育への転換である。日本に流入した主な新教育運動をひろっ
てみると、次のようである。
まずアメリカのデューイが、シカゴ大学で展開した、作業主義、公民教育、生活教育運動がある。これはオイ
ケンやフランスのベルグソンの生命哲学(創造的進化論)を基調としている。また日本に大きな影響を与えたの
は、ベルギーのデクロリーの新学校である。浅草富士小学校長で全国校長会長だった上沼久之丞が「デクロリー
の新学校」を紹介して著書を通じ全国に普及をはかったが、その理論篇の執筆者は鹿角大湯出身の奈良靖規であ
る。
エレン・ケイの自由主義教育、イタリアのモンテッソリーの自働教育なども教育思想界でもてはやされた。大
正八年早稲田大学の原田実教授によってエレン・ケイの『児童の世紀』が全訳紹介され、教育界を席捲してエレ
ン・ケイの時代を現出した。
また大正九年アメリカのダルトン市でヘレン・パーカストによって創始されたダルトンプランは、沢柳政太郎、
小西重直、長田新によって日本にもたらされ、成城小学校の赤井米吉がこれを全訳し、我が国に一大ブームをま
き起こした。これは基本的にエレン・ケイやモンテッソリーの思想を継承したものである。赤井は大正一〇年明
徳代用附属小学校主事として秋田に赴任し、児童劇運動によって全県の新教育運動に点火し、これは全県下に燃
え広がって、鹿角の教育も大きな影響を受けている。
これ等の教育思潮は、明治期の画一・一斉教育、受容主義を排し、デモクラシー思想を基礎としてさらに児竜