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弟二は日本女子大学附属豊明小学校主事河野清丸の自動教育論である。その著書『自動主義教育法の原理と実
際』によると、人類の文化を発展させる人間の育成が教育の目的であり、そしてその文化は個々の自我の認識主
観によって創造されている。その認識主観の構成は個々の自動によってつくられるものである。依って自動は文
化の本体であり、自動こそ教育の原理であると力説している。
第三は手塚岸衛の自由教育論である。手塚は明治教育は一斉画一にすぎ、児童の創造性を無視し児童を受容者
とみなし注入干渉主義であったと断じ、児童自らの力を以て自己を開拓せしむべきであると主張した。この立場
から児童の通知簿を廃止し、父兄を呼んで直接話し合う方法をとった。
第四は本県湯沢出身の千葉命吉の「一切衝動皆満足論」である。千葉は奈良女子高等師範学校附属小学校に大
正三~七年の間勤務したが、余りに尖鋭で妥協がなかったので同校主事で本荘石沢出身の真田幸憲が将来を心配
し、広島師範学校附属小学校主事に推薦した。ここでも独創教育論から出発した一切衝動皆満足論を主張したた
め辞職しなければならなかった。千葉はあらゆる文化の創造は好むところを徹底して行うことで成立するととな
え、その『創造教育の理論と実際』では既に今日の学習法を予見していたといわれる。鹿角でも何度か講演会を
開いているが、千葉の産霊の精神と独創はよく理解されなかった。
第五は稲毛〓風(金七)の『創造教育論』である。これは「人生は独創的文化を創出する個々の創造性育成で
あり」「人間の一生は創造のためにある」として教育目標に創造的人間の育成を置き、日々の教育営為はそのた
めにあらねばならぬとするものである。
第六は及川平治の動的教育論で、静的教育に対して児童の自主性に重きを置き、動的教育に徹すれば当然の帰