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その実践者たち
郷土教育には、多くの指導者が参加・実践している。その一人、滝儀太郎は毛馬内に生れ、
県内各地で郷土教育を進めた先覚である。秋田で版画家の勝平得之、北秋で書家赤星藍城
を教え、終生その尊敬を受けた。長谷川小学校長時代に『八幡平に親しむ』を著わしている。
田子勝蔵は滝のあとを受けて長谷川小学校長となり『宮川村郷土読本』を著作し、郷土誌に先鞭をつけた
高橋克三は明治四二年に秋田師範卒、毛馬内小学校に勤務したが、地域狭少な毛馬内町振興のためには土地を
集約的に利用し生産の増加をはかる集約的求心的教育と、外に雄飛する人材を育成する遠心的教育を標榜し、郷
土教育を熱心に推進した。
大正二年花輪町を会場とした第三六回種苗交換会と共に「教員意匠展覧会」を開いたが、出品した『毛馬内町
誌』は審査の師範学校長山本宗太郎に激賞され、一等賞となった。たまたま講演に来ていた第一高等学校長新渡
戸稲造の眼にもとまり、大変有益な研究なので序文を書くからぜひ出版するよう奨められた。その序文は翌年小
石川の新渡戸邸に参上した黒沢小二郎に手渡された。黒沢は小蓉と号し文筆にすぐれ、毛馬内小学校校歌の作詞
者である。この新渡戸稲造直筆の序文は、現在市立十和田図書館に所蔵されている。
昭和五年高橋はかねてからの宿願であった『近世鹿角学統考』を、内藤湖南の校閲によって出版している。同
書は毛馬内の家塾の学問的系譜を明らかにしたものである。
高橋はまた昭和一三年三月、青年学校や小学校高等科生徒のために『毛馬内郷土読本』を編集している。この
他、郷土の先賢偉人の顕彰や史蹟の保存など文化運動に貢献するところ大なるものがあった。さらに郷土の二先
人を論じた『湖南博士と伍一大人』はアメリカの議会図書館や各大学からも寄贈の要望があり、国際的評価を受