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郷土の女方よ、真すぐに顔を上げて"自分の眼"ではっきり周囲を見まわしませう。そして凡てそこから踏み出さうでは

ありませんか。郷土の男方よ、いいかげんに女方に対する横暴の夢をさまして下さい。女へ"力と自由"を与へて下さいと

花輪小学校『

同窓会誌』

なお青年乃鹿角第二八号(

大正一一

年二月

一)に初めて文芸欄を設け、かつ担当したのは柳沢久四郎と工藤昌太郎であっ

た。

青年乃鹿角改題鹿角時報(

昭和二・一

○・三〇付

)の鹿角俳壇に、秋扇の題で、

扇置くや四山の杉に霧早し大館六然置きしままに取らぬ扇や縁の雨大館胡六

豪雨はれて巷白さよ扇置く花輪艸于何もなき卓のひろさや秋扇尾去沢未〓

船旅や扇捨てたる浪の中同初女筆筒に入れて久しや秋扇同園

書を愛でて袋に秋の扇かな同香峰みどり子に任する秋の扇かな花輪有右

また銀河と題して、

天の川歩めば虫の鳴き止みし秋田水鳥子銀漢や籬照らして借燈灯尾去沢虹

尾去沢虹谷

忽に銀河消えたり雨催ひ尾去沢流泉

水鳥子は小田島富四郎である。その後の鹿角俳壇には「十月の天地只澄む野菊哉一芦坊」「陽は暮れて路〓

しょんぼり野菊かな一洋」などがみえる。さらに鹿角時報は左の句を紹介している。

凩や空めぐりする大水車馬笑歌留多終えて冷えし指頭を頬にあつ柳舘多美穂

骨壷よ雪のふる郷淋しいか鐘打楼舟遊び山湖の余光あはれなり水晶

うち鐘打楼は工藤昌太郎、水晶閣は柳沢久四郎、馬笑は宮川村、名は未詳である。