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いる。昭和初年、花輪短歌会が歌集四冊を世に送ったこと、「アララギ」に赤城鹿人、山野芳明、兎沢権四郎、

「国民文学」に中島耕一、村田信一が居り、その他高橋清一、本田幸太郎、古仲喜代松、桜田義雄、関昌子、川

村喜久子、更に口語歌の宮城一杉の活躍を述べている。更に同号に在秋田、中島耕一の「県内短歌雑誌あちらこ

ちら」がある。

国の華会

〓出

大正一五年一一月、鹿角国の華会の発会式が大湯ホテルに開かれた。歌会ののち、会長に米〓

彦郎、副会長に立山弟四郎、諏訪富多、幹事に高橋強、諸井正明、木村治郎を選び、ほかに参

会者は上関富治、黒沢小二郎、勝又清毅、森山仲之助、津島良太郎、高木新助、浅利末吉、丸山助吉、諸井正明

中村次郎、田口定吉であった。以後は毎回、大館のえびら園日景忠太を講師として招くことにしている(

秋田魁

五・一

新報、大一)。

新報、大一

一・一一付ゝ

一・一一付ゝ

○。

国の華会の活動については、『みづうみ』

編集日景忠

太、昭和四

ならびに石田隆子「郷土の文化人歌人立山昌臣と国

華会」(

「芸文とわだ

第三号、昭四八

)にくわしい。大正一五年八月、御歌所寄人遠山英一の十和田湖来遊を期とし、十和田湖

畔和井内ホテルを会場に第四回全県和歌大会が開催され、会する者六〇名、東京、長岡ほか県内外からの参加を

見ている。

風たえてむし暑き日は大空の一むら雲もうごかざりけり遠山英

みな月の空にたちたる雲の峯くづれぬうちに写絵にせむ米山彦郎

さまざまに色をかへても十和田の湖涼しさそふる夏の白雲立山弟四郎

あつしとてあふぐみ空を流れゆく一むむら雲やすゞしかるらむ諏訪富匁