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花
祭が花輪小学校を会場に、テノール貝塚正治郎
日本音楽
学校教授
)、ピアノ田村雅子
)、メッツォソプラノ宮越八重子
輪
花
秋
田
敏)、ソプラノ菅原静子(
)、バイオリン米沢潤次郎
錦
木
輪
)の出演で開かれた。さらに四年六月山田耕窄作品発
表会を花輪高女校友会が主催し、次いで翌七月には毛馬内音楽同好会により、毛馬内小学校で日本音楽学校声楽
三重奏団の演奏会が開かれた。
五年九月、花輪音楽同好会によるソプラノ歌手植村輝子独唱会が花輪小学校で、また七年六月には永井郁子独
唱音楽会が花輪高女で開催された。一〇年四月ソプラノ歌手佐藤千夜子独唱会が花輪劇場で、同七月には早稲田
大学管弦楽団演奏会が戸山学校軍楽長平野主水の指揮、ピクター専属中村淑子独唱で、花輪高女で開かれている。
このような現代的な音楽会が次々と山間僻地の鹿角に催されていることは、それだけ芸術的雰囲気の醸成と文化
度の高さを示しているものといわなければならない。
樹人と隆朝
鹿角のゆたかな芸術的土壌のなかから、ふたりの偉大な音楽家小田島樹人と黒沢隆朝が生まれ
た。
小田島樹人は、明治一八年小田島由義の二男として出生し、本名次郎、樹人はその俳号である。東京音楽学校
を大正三年に卒業、中山晋平は同級、山田耕窄は四年先輩であった。はじめは音楽よりも俳句にうちこみ、詩人
海野厚らとともにホトトギスや曲水吟社の句会にでていた。七年児童雑誌「赤い鳥」の創刊を契機とし、海野は
童謡詩人をめざし、樹人もほどなく童謡作曲の時代に入っていく。同一一・一二両年のうちに発刊された童謡楽
臼眉出
譜シリーズ『子供達の歌』(
の第一集に樹人の「赤いソリ」「秋の夜」の二曲が載り、つづいて第二佳
版社刊
に「おもちゃのマーチ」、第三集に「向日葵」「山は夕焼」が掲載されている。その作詩はすべて海野厚である。