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郡南方面
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郡北方面
六月十日全郡各寺院花輪町長福寺に集合、花輪町を一巡尾去沢に赴き托鉢後、花輪町各寺院に分宿
同十一日午前七時花輪町出発、三ケ田に到り寳珠寺に於て昼食、更に曙村各部落を托鉢、宮川村に赴き延命寺に一泊、
午後七時より伝道講演
同十二日午前八時延命寺出発、沿道を托鉢、吉祥院にて昼飯、大里部落にて解散
郡北方面
六月十六日午前九時半錦木村末広駅に集合、錦木村沿道部落を托鉢、毛馬内に入り仁叟寺に於て昼飯、毛馬内町を一〓
七滝村を経て小坂町に到り鏡得寺に一泊、同夜伝道講浦
同十七日終日小坂町を托鉢、阿部幸太郎氏方に於て昼飯終了後直に大湯町に到り大圓寺に一泊、同夜伝道講演
同十八日午前八時大湯町を出発、柴平村沿道各部落を托鉢、隆昌寺に於て昼飯、萬松寺に到り解散
となった日程が組まれていた。僧侶の本来の姿がここに現れているように思われるが、一〇年六月一〇日の鹿魚
郡仏教会の総会において、この行事の廃止を決めている。これについて昭和一〇年六月二一日付鹿角時報には
前略)少壮派より従来の会長制を廃し理事合議制を採用すべしとの説により、会則を改正して理事制となし(中略)岩
館洞扇(恩徳寺)師は理事長に就任した。尚従来は全郡の托鉢を行ひ約百五十円位の喜捨浄財を得て仏教会の事業を行つ
たが少壮側は托鉢を廃止して、寺院の分担たらしむへしとなし、従来崇高な念をいだかせた托鉢行乞のことを廃止した。
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との記事が掲載されている。