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しての認可申請をしなければならなくなった。境内地などを尾去沢町や三菱尾去沢鉱業所から譲渡を受けて、翌

年一二月に曹洞宗大盛山円通寺として認可を得ている。

大正二年における秋田県内のキリスト教徒の数は、次のようになっていた。

キリスト教会の設立

人主公教三九、ハリストス二九九、日本基督五一、聖公会一〇〇、メソヂスト一〇五、

同仁基督三八、基督教会一六七、合計七九九

小坂町には既にカトリックの小坂町教会があったが、この教会の神父であったローゼンが、大正一一年九月毛

馬内町上町の高橋七郎兵衛宅に寄宿し、二階に祭壇を造り仮の教会とした。以下、鹿角教会発行の『鹿角教会五

十周年記念誌』』によると、翌年に毛馬内町五軒町に仮教会が建設されたが、ローゼンは過労に倒れ、一三年に同

じく小坂町教会の神父であったウィルヘルム・プールと交替した。

ノールは、大正一一年に大館町で発生した多くのチフス患者看護のため、献身的医療活動を行ったのち、一一

年九月に仮教会の階下に毛馬内幼稚園を開設した。一五年に秋田県知事宛に提出した「宣教届」の中に

一、宗教名称天主公教

二、布教ノ方法秋田県鹿角郡毛馬内町天主公教会及ビ同郡小坂鉱山小樽部天主公教会ニ於テ信者ノ為メ時次弥撤祭ヲ赴

行シ及ビ説教ヲナス、又本県北秋田鹿角ノ二郡ヲ巡回シ信者或ハ有志ノ家ニツキ教話ヲナシ又ハ宗教的書籍ヲ配布スル

コト

こ記している。また、昭和二年一月一〇日、正式の教会設立のため知事宛に「教会設立願」を提出している。同

乙年に毛馬内町下小路に幼稚園が建設され、一部は仮の聖堂と司祭館を兼ねて使用された。翌年、本教会が、経