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また県農地委員会委員の選挙は、二二年一月二八日、県下二、二六八名の市町村農地委員によって行われた。

小作人代表一〇、地主代表六、自作農代表四、学識経験者五合計二五名の構成であった。このうち、第一期

二~

秋田市

新斗

)農地委員会委員として、第一区

)第一号区分

小作

階層

)委員に、鹿角郡から米田金右衛門

四年

以北

自作

が選出された。その後の第二期

(

二四~

一七年

)には、第三号区分

)委員として選出されている。ほかに第一期

階層

毛馬

から学識経験(

)委員として豊下吉治

)が選ばれた。

農地改革の実施

本郡における農地改革は、終戦直後の民心動揺のなかで、順調に進行した。

鹿角郡の農地買収予定面積は三、五二七町歩

『秋田県農地改

革史』による

)、全農地面積六、五〇三町

歩の約六三パーセントに当っていた。

第一表(A)によると、二〇年一一月における農地面積合計のうち自作地の占める割合四五・八パーセントが、

二七年一二月には九三・二パーセントに増加し、同じく小作地の五四・二パーセントが、六・八パーセントに減

少している。この自作地率の急激な増加をみても、この改革によって小作地解放と自作農の創設を図るねらいは

ほぼ達成されたということがいえる。

鹿角五町五村の中では、比較的小作人の多かった花輪町、毛馬内町の階層の変化が大きかったことはいうまで

もない。

郡内の五〇町歩以上の大地主は、毛馬内町七、花輪町四、宮川村、柴平村、大湯町各一の計一四名といわれて

いた(

大正一三

年調査

)。これらの大地主から規模の小さな地主まで、まったく一律の安い金額で、強制的にその所有農

〓の買収が行われていった。本郡の農地改革の進捗状况について、北鹿新聞

二三年九

月一日付

は見出しに「鹿角農地改