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の開拓事業の第一義目的が自作農創設におかれるようになった。
〓拓の成否は、入植者の営農のあり方そのものにかかっていたが、入植者の大部分が畑作経営の未経験者であ
り、しかも引揚者のためほとんどが無資本からの出発であった。その上自然条件は厳しく寒冷で降霜・積雪期間
が長く、不良土壌が大半を占めていた。終戦直後のため農機具、肥料、種子や建築資材など統制下にあって、入
手がきわめて困難であった。国は開拓資金融通法などで融資をはかったが、営農成績不振のため、志半ばにして
脱落する入植者もあとを絶たなかった。
三〇年現在における開拓農業協同組合は、つぎの通りである
第4表開拓農業協同組合表(『秋田魁年鑑』昭和三一年版による