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カーサー元師によるストライキ中止命令が発せられることとなった。これによって、国鉄、全逓など官公労の殆

んどはストを中止した。

〓時の尾去沢鉱山は従業員が一、〇〇〇人も余るといわれており操業を中止していた。その理

鉱山労組

〓として、製錬部門のコークスや石炭の不足、選鉱部門の薬品不足があげられていた。全山が

休山という現状であるにもかかわらず賃金要求を申し入れていた。坑内夫二五円を四五円に、坑外夫一七円を一

一円にせよというものであった。これをみると、いかに物価高騰による生活難が押し寄せていたかが推察できる。

一一年一二月の一般的給料生活者の一カ月分の生活費は、県平均一、七四六円となっており、そのうち食費が

ヽ二〇二円であるから食べるだけの生活である。しかもその年一月の給料平均は三七二円に対して支出が七一

九円となっており、一年のうちに四倍のインフレが追い打ちをかけ大幅な赤字家計に苦しんでいた。

そのような状況の中で、従業員の整理問題が浮上し、郡内鉱山の規模は縮少されていった。そのようすを、新

聞では、「銅山景気も昔の夢/給料さえもやっと/さびれた鹿角の鉱山」

秋田魁新報、二

二・八・二五付

)という見出しで次の

ように記す。

ひところ操業鉱山が三十余、全従業員二万余人、国内電気銅の需要の四割六分の生産は鹿角の鉱山によるものといわれ、

略)帝鉱経営の不老倉は百三十名の従業員のうち五十名だけを残してあとは転勤か退職、(略)三菱の経営で鼻息のあ

りかった尾去沢が毎月十四日の会計日ともなれば、坑内従業員に八月分の支払をすることができないので十五日に世帯主

に五百円の内渡しをやり、二十一日にさらに七百円の内渡しをするという(略)

尾去沢鉱山ではこのような内情を打開しようと同年一二月尾去沢復興会議が開かれ、鉱山経営者と職員組合、