テキストを表示
かくて八幡平村は、三一年六月一五日付をもって発足することとなった。
八幡平村の誕生は、花輪町の合併案に直接的な影響を与えた。三〇年三月曙村を含む合併案を否決されてから、
形勢観望していた花輪町・柴平村はにわかに態度決定を迫られた形となった。二カ町村は三一年三月花輪町役場
に町村合併懇談会を設置し、同五月合併促進研究会を開いて合併について研究を始めた。
三一年八月に、県審議会長から花輪・柴平二カ町村合併の指示があり、両町村合併協議会では直ちに規約作成
に入った。九月二三日新町建設計画の策定会を開催、同二五日ようやく花輪町・柴平村合併申請書を、翌二六口
新町建設計画書をそれぞれ提出、県議会臨時会において九月二七日「鹿角郡花輪町及び柴平村を廃し、その区域
をもって花輪町を置く」とする議案が本会議で可決された。合併促進法失効直前のきわどい議決であった。
九月二九日、花輪町役場において花輪町および柴平村の廃町村式が挙行され、翌三〇日、あらたに花輪町を設
置する旨告示になった。
北部の苦悩
北部五カ町村の合併問題は、初め二九年八月四カ町村長
会から出発し、のち順調に進展するかにみえた。
毛馬内町、大湯町
錦木村、七滝村
による合併打合せ
同年一〇月大湯町役場において、四カ町村長、助役、正副議長、議員四名ずつで合併促進協議会を設けること
を決め、会長に七滝村長を選任し、事務局を七滝村役場に設置した。のち四回にわたって四カ町村長、正副議長
などで合併条件原案や役場位置について審議し、さらに同年一二月は二回におよぶ四カ町村合併促進協議会委員
三二名の全体協議会で、協議事項案や庁舎位置、財産処理について審議した。
二〇年一月一四日、再び四カ町村合併促進協議会委員による全体協議会を開き、合併の形式について満場一盈