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ここにおいて町村合併促進法三カ年の実施期間のなかで、明治二二年以来の鹿角一〇カ町村が、左のような新
たな装いの五カ町村に生まれかわったのであった
第〓表合併の実績(『秋田県議会史』による。
町村合併のあわただしさからようやく平静にもどりつつあった三二年一月、小坂町の十和田湖畔住民一三〇人
の連署で、十和田町へ分町合併を望む旨の陳情書が提出された。その翌日には十和田町長・町議会議長から円満
解決の申し入れがあり、かつ同趣旨の懇請書も送達されてきた。二月には、さらに同じ湖畔住民一五三人連署に
よるまったく反対な立場の分町反対陳情書の提出があった。当時の湖畔における小坂町人口二七〇人から推して、