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が挙げられた。この七五〇キロどり競作の報償制は、四六年から広く各部門の集団化による高生産性営農制をめ
ざす集落農場報償制度にかわることとなった。
なお県の水稲奨励品種に、四三年トヨニシキ、四五年キヨニシキが加わり、四六年ササニシキを入れ、奨励品
種はトヨニシキ、キヨニシキ、ササニシキ、ハツニシキ、ヨネシロの五品種にしぼられた。自主流通米としてう
まい米をめぐる産地間競争はしだいに激しさを加えていった。農林省は、四五年四月米生産調整対策実施要綱を
通達し、四六年産米から政府米の買入れ予約限度制度を決め買入れ制限の実施にふみきった。生産調整すなわち
減反の問題は、米価審議などとともに食管制度の功罪を根本的に問うものとして、農業の将来に大きな暗雲となっ
て立ちはだかることとなった。
郡農協の誕生
農業協同組合は、昭和二二年公布の法律に基づいて設立されたが、当初の濫立傾向と戦後経
済の変動によって、不振の状態がつづいていた。
新たな耕種技術として、保温折衷苗代は二五年からの国庫補助・県補助交付によって普及が進み、三一年〓
降はビニール育苗による稲三早栽培の奨励にかわり、早播早植えが可能となって収穫期を七日以上も繰上げた。
県は三六年農業構造改善と機械化共同化モデル集落を決定したが、後者のモデル集落には花輪町鏡田集落が指
され、トラクター大型・中型、脱穀機、乾燥機などの導入が行われた。
晨業構造改善事業は、その一般地域として三六年に十和田町、三七年に花輪町がそれぞれ農林省指定となった。
花輪町の主要基幹作目は、米作と果樹、養豚となり、事業を開始した。三八年、地域の構造改善を推進するため
の拠点づくりとして、県単独事業の農業近代化パイロット集落が設置されることとなり、鹿角から十和田町芦名