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錦
花
沢正義(
○種)、監事に阿部義弥(唱)、三ケ田徳太郎〓
)、豊口甚平
振
興
)が就任した。
木
輪
進む共同化
この画期的な郡農協の誕生は、その後の農業経営近代化の各種事業の促進に大きな効果をもたらしたことは勿
論、折から台頭しつつあった鹿角は一つなりという広域行政への志向に大きな影響を与えることとなった。
二八年からスタートした県農協中央会の地域農業団地造成の候補地として、鹿角は養豚団地と
稲・肉豚
果樹団地があげられ、四一年には鹿角営農団地(
)の指定をみた。また県は産米改良
・乳牛
のため三九年度に鹿角郡農協にライスセンター
米乾燥調
整施設
○設置を決め、ついで四一年、広域農業改良普及所
県内一
)を花輪町に設置した。
一カ所
りんご
農業構造改善事業における四〇年度新規実施町村として、十和田町末広
鶏卵
・米
)、同町神田(
)、花輪町小
・米
りんご
米・
枝指(
こ)、八幡平村三ケ田
)が指定された。なお鹿角郡一円の広域施設のもとに、経営の近代化と流
・米
肉豚
通加工の合理化をはかる基幹作目にりんご、米、肉豚、肉牛、鶏卵があげられた
鹿角のりんごは本県の主産地を形成しており、その栽培技術において常に指導的地位にあった。
昭和三一年、県北果樹研究青年同志会の結成をみ、その世話人に当時花輪町役場に勤務してい
た元県農試技術員阿部三郎、発起人に柴平村兎沢忠男、花輪町村山正、大湯町柳沢恵一、十和田町石川圭佑らが
名をつらねていた。これより先の二六年、県農務課本間喜代松
元柴平
農協
の尽力によって県果樹協会が発足し、
当初の理事に兎沢千代治、村山守太郎、佐藤多利、兎沢繁治らが推され、二八年以降の副会長に兎沢千代治が就
仕した。この果樹協会は二九年県園芸協同組合連合会と改称し、その加入団体役員には鹿角園芸出荷協同組合兎
沢千代治、花輪町農業協同組合中西佐一、毛馬内町青果物出荷組合奈良正太郎、宮川村果樹協会安保幸吉、曙村
鹿角りんご
日