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四一年鹿角郡農協りんご選果場が建設され、年間選果能力一二万箱の規模は県内第一であった。また四五年出
荷調整と価格の安定をはかるため郡農協果実冷蔵庫が完成し、その収容能力は四万五、〇〇〇箱と称された。ま
四六
た五〇年現在の郡内共同防除組合数四八、うち配管方式八組合、スピードスプレヤー四〇組合
)に分れる。
台
県の共同防除立木品評会で金賞受賞した組合は、三七年十和田第一、三八年錦木第一、三九年高屋、四〇年関上
の各共同防除組合であった。
三七年から県の補助金によるりんごの品種更新事業が継続して行われ、鹿角では二〇年代紅玉・国光・祝・旭
で約九五パーセントの作付を占めていたものが、五〇年には上記四品種はわずか二〇パーセントにおちこみ、か
三六
二一
一二
わってふじ(
〓)・デリシャス系
)・ゴールデン(
)・むつ・印度がその面積をふやしていた
%
%
%
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鹿角りんごの戦後の栄光をあげると、まず寺坂兎沢千代治経営錦果園には二四年一〇月高松宮殿下、二八年
昭和天皇
○月鷹司和子
)御夫妻、三五年一〇月常陸宮
当時
義宮
)殿下と三たび皇族方の御視察をお迎えするの栄に
第三皇女
浴した。兎沢千代治は三五年大日本農会有功章、三六年県農事功労者顕彰状、三八年県文化功労賞を授けられた。
第七
第八
第九
鹿角郡における県種苗交換会は、二六年
)、三五年
)、四四年一
いずれも花輪町を会場として開
四回
三回
二回
催された。
種苗交換会の二七年から四六年までの間に、鹿角りんごの得た品評成績のうち農林大臣賞、全中会長賞、知事
賞に輝いたのは次の方々であった。佐藤多利、佐藤恵津子、中村長次郎、兎沢忠人、石川圭佑、成田忠次郎、石
川佐吉、錦木第一共同防除班、兎沢武志、鹿角十和田、兎沢潤子、平野伝三郎、小田切隆三、兎沢邦昭、中村芳
得、中村亮治、村山広子、柳沢清八、田中由右衛門、中村俊一、郡農協鏡田選果場、菩提野太吉、関上りんご新