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とともに、四三年度林業構造改善事業指定以来の末広林道・赤川林道の開設等も着々と進められ、農村地域の景

観は大きく変貌した。

毛去沢町は、全国的に著名な鉱山町として、町の運営は鉱山の盛衰に左右されるところが多かった。町民の税

負担の軽少なことでも知られ、町の歳入の約七五パーセントは鉱山関係でまかなわれていた。昭和三五年前後約

一万人の人口の八五パーセントは鉱山関係者で、町長と二六人の町議会議員中二〇人までも鉱山従業員であった

二八年、尾去沢水晶山は国定スキー場として開発され、同年全県スキー選手権大会が開催された。水晶山にニ

レビ中継所が建設されたのもこの年である。四二年鉱山の縮小により約八〇〇名の配置転換、転退職者がでて地

域経済に深刻な影響をおよぼすこととなった。上山鉱山社宅は一般に分譲され、水晶山の公園化でゴルフ練習場

などが造成された。また水晶山スキー場にリフト設備が完成した。その後水晶山は各種大会に利用され、四三年

八月全県スポーツ少年団大会、四四年一月県民体育大会スキー競技会、四五年東北中学校スキー大会、四六年全

県高校スキー大会などが、次々と開催された。

八幡平村は、三一年七月念願の国立公園指定を、十和田八幡平国立公園という形で成就することができた。三

二年四月、花輪線小豆沢駅を八幡平駅と改称し、観光地形成に力を注ぐこととなった。

岩手

三四年九月、玉川、後生掛、大深、ふけの湯、藤七

の五温泉が厚生大臣によって国民温泉に指定され

た。三五年八月八幡平有料道路が起工され、三七年六月ふけの湯まで開通した。同年一〇月八幡平・田沢湖間の

県道が通じ、四四年夏からは小型バスを通ずるようになった。ふけの湯から山頂までの八幡平アスピーテライン

は、四五年八月一五日に開通をみ観光客は一挙に一〇〇万人の大台を越えた。なおこの間、三八年大沼付近に〓