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布された。この間に、六月草木小学校に開設された移動県民室において小畑知事は、これからもたらされる大き

な変化に対処し得る鹿角のあり方について、期待をこめ縷縷説くところがあった。

四五年九月、郡町村議長会による町村議会議員研修会が、五カ町村一一〇人出席のもとに花輪公民館に開かれ

た。まず小畑知事が「広域行政と鹿角の展望」の演題のもとに二時間にわたり、鹿角市合併の必要性を説き早期

実現を要請した。そのあと各町村二名ずつの質問者がでて疑義をただした。一〇日後、町村長・議会議長の合同

協議会がもたれ、各町村九月定例議会に市実現の合併協議会設置を提案するか否かの協議の席上、木村小坂町長

から、きめこまかい行政ができない等の理由により、正式に不参加の表明があった。その後開会された小坂町議

会においても、不参加の意志表明決議をあげ態度を決定した。

この年一二月、鹿角市実現問題の打開をはかるため、四カ町村長と議長は小坂町を訪れ、同町長・議長の再考

を望む要請書を手渡したが、その後の情勢に変化なしとして同意は得られなかった。

四カ町村構想を決議

翌四六年一月、花輪阿部町長は町広報紙上の年頭挨拶で、やがて新時代にふさわしい

鹿角市が誕生し裏東北の玄関口として大きく飛躍発展することを確信する、とのつよ

い期待感を表明したが、世論そのものも大きな高まりをみせつつあった

〓年三月定例議会において八幡平関村長は、どうしても小坂町の協力を得られなければ、四ヵ町村で合併しそ

ののち小坂町との段階合併も考えられる、行政施策が経済発展に遅れると後進性から脱けられない、と早期の合

併実現の決意を述べた。その後六月の定例議会に先立って、まず花輪町議会が全員協議会を開き、鹿角市をつく

るための意思決定の議決を行い、四七年三月誕生を期して進めることを申し合わせた。かくて六月二九日いっせ