テキストを表示

障害者福祉

県内に先駆けて障害児の親の会として「手をつなぐ親の会」

初代会長

大里文祐

が結成されたのは三二

年一〇月のことである。日曜通園センターを開設したり、谷地田町の個人宅を仮施設として障

害児のための活動を行っていた。

「手をつなぐ親の会」では、三六年四月東山学園建設準備委員会を作り、東山学園に障害をもつ子ども全員を

入所させるよう花輪町長に陳情する一

鹿角時報、三

七・二・五付

など、運動をすすめていた。このような運動の成果である財

団法人花輪ふくし会による東山学園は、三七年七月定員三〇名の施設として開所した。このとき、入園した児童

は八名であった

鹿角時報、三

七・七・五付

)。

親の会の努力はその後も続き、四〇年四月には社会福祉法人花輪ふくし会による東山学園としてようやく認可

された。これは県北地区最初の施設で、初代理事長阿部新、園長花田一郎であった。

東山学園の重症児を持つ親たちを中心とした「ねがい親の会」

会長

小野寺舜平

)は、国立の重症心身障害児施設を

県内に誘置する運動を始め、その活動資金を得るため四〇年には全県的な愛のひとしずく運動として、ちえの友

鉛筆販売などを行った。重症児のための施設として、国立本荘愛育園が設立されたのは四一年である。

東山学園では、さらに四五年機能訓練棟を設けたり、五二年新園舎が改築され、重症児三〇名を受けいれるな

どの努力を重ねてきたが、一八歳以上の障害者施設は五九年四月、小坂町更望園の開館をまつほかなかった。そ

の後、平成元年四月には東京都委託更生施設鹿角苑が完成し、一八歳以上の障害者のための福祉活動に貢献する

こととなった。