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割当基準は世帯割四割、事業税割三割、地租家屋税割三割だった。なお、花輪町社会事業協会の会長には町長大

里周蔵が就任している(

鹿角時報、二四

・一〇・一付

)。

県では社会事業の振興を図るため、二九年その推進地区を指定し、近隣町村への波及効果を期待する計画をた

て、社会福祉事業振興地区九地区を指定した。このとき鹿角では毛馬内町がその指定をうけた。

翌三〇年九月、第一回鹿角郡社会福祉協議大会は町村合併まもない十和田町で開催された。この時の部会は一

部に分かれ、「行政」、「未亡人・児童・老人福祉」、「身体障害者・遺族福祉」についてそれぞれ討議してい

る〓

十和田町報、三

〇・九・二五付

○。

二七年七月、郡社会福祉事業協会は発展的な解消をとげ、新たに鹿角郡社会福祉協議会として発足した。これ

にともない協議会の組織は民生、青少年福祉、身体障害者福祉、母子福祉、遺族の五部会制に改められ運営され

ることとなった

鹿角時報、三七ノ

・七・一七付

鹿角市誕生後においても、四カ町村の各社会福祉協議会はそのまま存続していたが、五二年度に一本化され、

社会福祉法人鹿角市社会福祉協議会が生まれた。これにあわせて各地区社会福祉協議会はその支部となった。初

代会長は岩館道三、事務局長武藤治三郎、活動専門員は阿部政雄であった。

この社会福祉協議会は民間の自主的組織団体として、世帯更生のための生活福祉資金・たすけあい資金の貸付、

心配ごと相談などのほか、在宅心身障害者への福祉サービス、歳末募金、福祉ボランティアの育成などへの協力

等、福祉活動の拠点として活動している。

)。