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高速道路工事の進渉によりこれを利用したバス路線が、五七年六月二三日から運行開始される。安代インター

チェンジまで開通したのに伴い盛岡・大館間と盛岡・十和田湖間を東北新幹線に接続する特急リレーバスの運行

であった。さらに六二年八月から東青森から東北自動車道一

花輪・湯瀬

に停留所

を走行して盛岡駅まで、平成元年三月か

らは能代ステーションから花輪駅などを経由して東北自動車道で池袋営業所間の長距離路線が、秋北バスなどで

運行されている。

その他の交通・運輸期間

戦時体制下の昭和一六年八月に鹿角郡内のハイヤータクシー業者が統合して「株

)、

式会社鹿角貸切自動車商会」を設立した。当時から終戦後の相当長期にわたり木

炭自動車が、ほとんどであった。戦時中は、経営もなりたたなくなり開店休業の状態を続けていた。戦後この鹿

角貸切自動車商会は、株式会社クラブタクシーと社名を変更した(

『創立三十年記念誌あきたハイヤータクシーの三十

牛』昭和五四年あきたハイヤータクシー協会発行

)。

二六年

鹿角のタクシー業者で現在まで営業を続けているのは、クラブタクシーのほか、(株)鹿角観光タクシー(

より

二七年

二八年

三〇年

(資)大湯タクシー(

〓)、(資)豊タクシー

〓)、(資)十和田タクシー(

)、(資)八幡平タク

より

より

より

三二年

シー(

)である。

より

自動車の増加

日本経済の高度成長といわれ始めた三八年頃には、まだ、自動車の普及率はそれほど多くな

かった。四三年に秋田県内の自動車保有台数は一〇万台を突破するが、この頃から鹿角でも

増加が顕著になる。四〇年代後半になると乗用車の普及が進み、貨物よりも乗用車の保有台数が多くなる

第一。

九表

昭和末期から平成二年頃まで、県民二人に一人は運転免許を持つようになり、女性の職場進出によるとみられる

増加がめだってくる。

第二

○表

ぐ。