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東北自動車道の開通
昭和四〇年代には全国的に幹線交通体系の整備が、新幹線鉄道・高速自動車道・航空
ンェット化によって促進されてくる。その中で秋田県の北部を通過する東北縦貫自動
車道の建設計画が、四〇年一一月に公表され、四二年一一月に盛岡市・鹿角間の基本計画が公表された。さらに
四三年四月の鹿角・青森市間約八一キロメートルの第二次施工命令と四六年六月の岩手県二戸郡安代町・鹿角間
約三七キロメートルの第五次施工命令により、鹿角の通過予定区域が、知られるようになった。この間に安代・
十和田ルートに八幡平の長谷川・曙地区を通すよう請願もあったが、実現には至らなかった。
さらに四七年一一月二七日に八幡平・十和田間、十和田・碇ケ関間の路線発表があり、五一年二月一二日に字
代・八幡平間並びに八幡平・十和田間を改めて路線発表した。工事の前提となる中心杭・幅杭の設置や用地買収
交渉は、次のように進められた。
日本道路公団仙台管理局十和田
省理事務所提供の資料による
安代-鹿角八幡平-十和田-小坂-碇ケ関
中心杭設置五一年六月~五一年七月~四八年四月~
五一年一二月五一年一二月五五年一一月
幅杭設置五三年三月~五三年五月~五一年五月(
五三年一二月五三年一二月五六年六月
用地買収五三年一二月~五三年一二月~(六三年一〇月)五六年六月く
五四年一〇月五六年五月五八年八日