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道路及び施設用地の買収を終えて、埋蔵文化財の遺跡発掘調査が、五四年の雪消えを待って開始された。鹿角

市内の遺跡調査は、路線上の三四遺跡に及び五六年度に終了した。また、この路線は、古代の主要道路に重なっ

ているとの指摘もなされた。

五四年一〇月六日に八幡平工事区の着工となり、四年の歳月を要して安代・鹿角八幡平間が、完成をみること

になった。岩手県境から鹿角盆地に出る迄の区間は、奥羽山脈を貫く難工事となった。殊に湯瀬渓谷の景観を損

なわないようにとの配慮から、トンネル三カ所、橋五カ所は鉄道工事と同様の難工事を強いられた。安代インター

ナェンジから鹿角八幡平インターチェンジまでの総事業費七四九億円の内、八幡平

五橋の総事業費は、一

○三億七、〇〇〇万円であった。この五橋は、それぞれ湯瀬渓谷の地形、地質に適合し、なおかつ自然景観に男

和する近代的な大橋梁で、「湯瀬五橋」居熊井橋・笹の渡橋・渓谷橋・天狗橋・八幡平橋の名で観光名所ともなっ

ている。

五八年一〇月二〇日に安代から鹿角八幡平インターチェンジまでの二六・一キロメートルが開通し、鹿角八幡

平から浦和まで五八五・九キロメートルが直接結ばれることになった。前述の大館・盛岡間のハイウエーバスは、

鹿角八幡平から高速道路に入り、湯瀬パーキングエリア・田山パーキングエリアの停留所に停車するようになり、

在来の鉄道よりも一時間近く連絡時間が、短縮されることになった。

五六年五月に着工した鹿角八幡平・十和田間一一・九キロメートルの工事は、事業費二二一億円を要して五九

年九月二七日に開通した。十和田インターチェンジの開通する直前に鹿角市・郡並びに秋田銀行が各商工会会昌

に実施したアンケート調査の報告書一

『高速道路影響アンケート調査結

果報告書』昭和六〇年二月発行

)によれば、