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大和のヤ・弓矢のユ・吉野のコ
ラジオ(らっぱ)のラ・りんごのリ・留守居のル・れんげのレ・ローマの
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数字の一数字の二・・・
数字の一数字の二・・・(『東北の通信電話史』による
濁点や半濁点は例えば「切手のキに濁点」がギで、「葉書のハに半濁点」がパとなる。なおこの通話表は時代
や地域で少しづつ違いが出ており、()内も使われたほか、ケは検査のケ、レはレコードのレも使用された。
電報の電話送信方式は、鹿角では四〇年代に入って印刷通信機のうち模写電送装置に変わる。各局での通信事
情はあったがやがて前述のように大館電報電話局に集中統合した。かって遠隔の身内に「チチキトク」等唯一の
緊急通信を担った電報も、ダイヤル市外通話の拡大等で三八年をピークに利用が毎年減少し、最近では慶弔電報
が主になり儀礼的あるいは社交的なものに移行した。
電話の発達
甲話の需要に対してその供給が追いつかない状況のなかで、公社は二八年四月通信電話第一次
〓カ年計画、三三年第二次、三八年第三次、四三年第四次、四七年第五次と計画を発表、その
入手難解消に全力を注いだ。
化輪局の沿革を見ていくと、「二三年二月磁石式交換機に方式変更」「二六年七月一日加入者-単独三〇一・
市内複式磁石式四・市外磁石式三」「二八年一月一日加入者-単独三二八・共同六・計三三四、公衆電話一・小
型複式市内四・市外四」などと記されている。