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農業の新局面
昭和四〇年代後半は、鹿角市誕生とほとんど軌を同じくして、農業事情もまた新たな局面に
八っていた。米の過剰生産を背景に、四五年から米の生産調整が開始され農家はいわゆる減
反を余儀無くされることとなった。その目標数量は県内一律配分されたが、なお強化を図るため米の買入れ限度
数量も定められた。四八年度鹿角市の米の生産調整実施状况をみると、目標二、〇四〇トンに対して計画二、五
三三トンその達成率は一二四パーセントで、転作一七一ヘクタール、休耕三七五ヘクタールであった。
このような農政の転換に対処して、県ではこれまでの健康な稲作り運動・七五〇キロどり集団褒賞制度などに
替え、四七年度から集落農場化育成対策をうち出した。それは今後の農業のあり方を見定め、集落または実行組
合等の集団化・協業化をはかり、基幹の稲作の省力化による余剰労働力を稲以外の作目の導入拡大にふり向けて、
所得の増大と規模拡大あわせてコミュニティ形成を促進することであった。
この画期的な県農政の立案には、時の県知事小畑勇二郎と県農政部長松岡茂司
花輪
出身
が当たり、県集落農場
化推進友の会会長に山本喜七郎
花
輪
〓)が推された。その普及映画「集落農場化への道」
四九
)に東町りんご作
年
来が収録され、優良集団紹介リーフレットには五三年高屋農事生産組合、五四年石鳥谷農事生産組合、五五年川