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部集落農場婦人部、五六年東町農事生産組合が紹介されている。なお県農事功労者として四九年度山本喜七郎が、

次いで五二年度鵜浦有紀

、五三年度本間喜代松

毛馬

)が受賞した。

減反にともなう農業経営上の大きな課題は、水田転作の強化であった。六二年から鹿角市水田農業確立対策推

進協議会が設けられた。六一年度の水田転作作物のおもな内容は、飼料作物三一・〇パーセント、野菜類二一一

二パーセント、大豆一三・三パーセント、そば五・〇パーセント、マルメロ等二・二パーセント、麦一・一パー

セントなどであった。

郡農協の実践

新たな時代に即応した農業経営をめざし、その生産と流通両面の効果的な運営に取り組んだ

のは鹿角郡農協であった。組合長神田庄司

五三年

就任

)の方針により、五四年から一元的な指

導拠点づくりとして大曲における営農団地センターの建設に入り、初年度集約農業倉庫、五五年青果物選果場、

育苗施設、五六年青果物予冷庫、同冷蔵庫、農機具格納庫、五七年青果物集出荷所、営農センター管理棟、畜産

物集出荷所、五八年に集約農業倉庫、五九年に水稲育苗施設、六〇年に農産加工所、葉たばこ共同育苗施設が、

次々に設置された。

六一年、鹿角郡農協は名称を、かづの農協に変更した。六二年にはかづの農協本所をJR花輪駅前に新築し、

管理・運営、金融共済等の本所機能とともに農業技術拠点センターの機能を加えた。この技術拠点センターは、

その後稲作から青果物や畜産物へと管内の重点作目を移行させていく上で、大きな力を発揮することとなった。

なおその営農部に属する生産部会組織には、稲作経営研究部会のほかに一四の生産部会があり、その構成に今

仮の鹿角農業の方向が端的にあらわれている。すなわちネギ生産部会以下マルメロ・酪農・肉牛・養豚・しいた