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方々であった。
鹿角りんご
庇角りんごは、昭和五〇年代にいちじるしい減少傾向をたどった。四五年りんご栽培農家二、
る。
)七〇戸・同栽培面積六八九ヘクタールが、六〇年には一、一三二戸・五二三ヘクタールと激
減、総農家数に対するりんご栽培農家率は四一・三パーセントから二五・〇パーセントにさがった。その直接的
原因には、在来品種国光・紅玉などの価格暴落とそのころ大発生したフラン病の被害などがあげられる。収穫晶
も、四五年二万三、三〇〇トンから六〇年九、五三七トン、四〇・九パーセントに落ちこんだ。品種更新は一時
ふじに集中したが、つがる、王林、ジョナゴールド、北斗、アキタゴールド、千秋などへの転換がはかられてい
顕彰状
四七年から平成三年までの種苗交換会りんご受賞者は久保田共防、小平共防)
)、兎沢修、村山大三郎
とも
同
顕彰
状
〓)、田中ミサ(
上
)、田中ミサ(〓)、古川兵吉、小枝指共防、児玉精一、古川久男、小平農事生産組合、山下喜代宏、児玉精
太郎、山本富弥、高田万次郎、木村ケイ子、鹿角第一出荷組合、兎沢武、豊田長次郎、戸嶋理一、畠山昭三、松
ジュ
田忠雄、池田哲雄、佐藤義昭、池田忠治、戸嶋勝蔵、村方勝男、児玉省三、十和田果汁生産組合(、
)、山木
ース
勝恵、奈良耕輔、柳館恵子、木村京子、中村トシ、中村亮治、柳館健一、佐々木ユミ、池田貴宏、高田一彦、菩
提野俊男の方々である。なお県果樹試験場は五五年四月字小坂野へ移転、開場した。六一年には第三四回全国り
んご研究大会が本市で開催された。
畜産・林業
平市の乳用牛、肉用牛の飼育状况は、価格の不安定と飼養者の高齢化、後継者不足などによっ
こ、その頭数に大きな相違はないものの、飼養農家数は第二三表のごとく激減の一途をたどっ