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多様化する消費者ニーズに応えることや、商店街振興のため駐車場その他の共同施設建設を図ることなども大き

な課題である。その経営指導や総合計画策定の役割をもつ四商工会統合の問題も、それぞれの商圏の規模、商業

地の立地形態の相違などから遅れている。第二四表の商店数をみると、二〇年間で卸売業はややふえ、小売業は

年々減少傾向に転じている。

花輪商店街は、五八年度に大町地区商店街近代化事業に着手し、平成元年に完成した。魅力あるまちづくりを

目標にかかげ、アーケードやカラー舗装、消費者センターなどによって特色をだしている。引続き坂ノ上、新町

谷地田町にも近代化事業が拡大する計画である。

なお市発足当時の市内における銀行は、花輪に秋田銀行、羽後銀行、秋田相互銀行、東北銀行、北日本相互銀

行の各支店、毛馬内と大湯に秋田銀行支店がそれぞれ置かれていた。また鹿角信用組合は三三年八月花輪に設立

し、四五年五月毛馬内支店、五二年一二月八幡平支店を設けたのち、平成二年四月秋田県信用組合となった。

工業

〓市の工業を製造業の動きでとらえると、その事業所数は昭和四七年で八七、同五五年で九六、

〈三年で一一九、平成三年で一二八、その従業者数は同じく四七年で一、七九六人、五五年で

一、二三五人、六三年で二、九三一人、平成三年で三、九四三人となり、徐々ながら増加傾向を示している

五〇年前後は鉱山の休止にともなう関連事業の不振に直面したが、五六年市の工場設置促進条例が制定され

その後工業団地の造成が進んだ。いわゆる誘致企業は平成元年までに、食料品一社、衣服繊維製品七社、電気〓

械器具七社、一般機械器具三社、金属製品一社の計一九社となった。初め被服、弱電などの女子型企業が多かっ

たが、六三年工業団地入居第一号(

つがわ鹿

角工場

)の創業以来、先端技術の男子型企業の進出がふえてきた。