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三、文化活動
〓文化環境
新聞
戦後、言論の自由の回復によって地域新聞が続々と発刊をみた。まず「鹿角時報」(
編集
川村薫
)が
昭和二一年三月にいち早く復刊し、情報に飢える人々の喝を癒した。終戦の年の一二月毛馬内
から月刊誌「改新乃鹿角」
田口定吉、
白沢健三郎
)が創刊され、四年間継続ののち一時休刊、二六年九月から月四回の新問
として再刊された。二三年二月には「鹿角タイムス」
阿部真平、現
阿部三樹夫
が創刊され、ローカルな温かみのある話題
を提供した。また小坂から二五年「秋田民衆新聞」
川出雄二郎、の
ち北鹿民衆新聞
)が発刊された。
四五年一月「週刊かづの」(
阿部規
矩夫
)が発足して社会問題論評に特色をだし、四六年半ばに「鹿角時報」がその
森
歴史を閉じた。四九年一〇月「鹿角新報」
〓)が創刊され文化面に力を注いでいたが、六一年七月主幹の逝去
基
により廃刊となった。同年七月三〇日東北自動車道全通と日を同じくして、この地域初めての日刊紙「米代新報」
米代新
〓新)が誕生した。符節を合わせた高速道と日刊紙の出現は、鹿角の文化と言論の発展にひとつのエポックを
報社
鹿角時事
画するものとなった。なお小坂から四二年「かづの時事」
)が、四七年「新鹿角」
新鹿角
新聞社
が発刊され
新報社
ている。
文化団体
ながく続いた重苦しい時代から解放され、人々の自由に知識をもとめ教養を深めようとする気
運が高まってきた。地域ごとにさまざまな分野でグループができ、サークル活動が生まれ、や
がて大きな団体組織へと発展したことは、戦後の特長的な流れであった。
がて大きな団体組織へと発展したことは、戦後の特長的な流れであった。