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〓文芸活動

1、俳句

俳人の動き

戦後初の鹿角俳句大会は、昭和二一年に開かれた。その顔ぶれから、終戦直後の鹿角の俳人

の動きを察することができる(

『鹿角の

俳人」

)。

匂ふまで穂鳰明るき日和かな2円

匂ふまで穂鳰明るき日和かな湖山稲架並ぶ出羽の国原月真澄露山

露山

磨き上げて稲刈鎌のたのもしさ樹-

鶏が鳴き馬も嘶き豊の秋華甫

みんなして落穂拾いの子供たち胡六掛稲をくぐり〳〵て夕焼見る游

ほかに高田虹谷、小田島涼月、吉沢邦雄、阿部悦女、小田島艸于、渡部新樹、谷田嶺山、能代の佐藤露舟など。

小田島遊草は艸于の三男で由三、昭和二五年没。翌二六年、父艸于の選になる「遊草句集」が編まれ、佐藤正一

が「遊草句集に題して」を寄せている。発行所の天狼社は、佐藤正二を中心に当時の若者たちの集りであった。

二五年八月、三笠宮(

俳号

若杉

)が北海道の帰途十和田湖を経て、湯瀬ホテルに一泊された。星野立子と「十和田

主宰増田手古奈の同伴で、艸于胡六兄弟を呼び、小句会をもった。

湯瀬の山闇に浮かびて初嵐若杉晩涼の湯瀬温泉の瀬音かな艸

晩涼のそぞろ歩きや湯ざめふと手古奈山の温泉はすでに秋なる御泊り胡・

「十和田」誌は昭和二八年一月、二五〇号を迎えた。虚子の祝句「雪降れど嵐来れどものかはと」があり、鹿角

木村

からは花輪の艸于と胡六、毛馬内の露山、森しげる

)、福永光女、豊口和湖、渡辺冬園、田口広治、木村伎

湖山

艸于

予女、尾去沢の畠山安屯が近詠を寄せている。