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田原東太を会長に推進役には高橋道人、鎌田亮ら、会員の目ざすところは虚子の唱える花鳥諷詠にあきたらず

ホトトギスを離反した水原秋桜子の俳句運動に同調するものであったから、当然ホトトギス系、「十和田」誌の

会員とは齟齬が生じることになった。

「さわらび俳句会」は三七年八月、合同句集『雪庇』を刊行、「みづうみ俳句会」として『雪代』を四二年四月

刊行。五六年三月号をもって会誌「みづうみ」が二〇〇号を達成した記念に合同句集「みづうみ」を刊行した。

序を会長田原東太が誌している。会員三五名、一人二五句乃至五五句。

残暑萎ゆ千丈幕を焼き残し

田原

東太

肩に雪溜めていよいよ虚飾なし

鎌田

穂芒のひそひそ話日が沈む

蜻柳亮鎌東田

蜻湖

秋灯火縄文土器のかけら継ぐ

柳沢

凍星やどこか罪めくイヤリング

大戸開け出て春泥に牛を引く

熊湯哲小道高

湯沢

熊吉

小田島

哲夫

高橋

道人

ほか石井照光、石川連、大里トシ、黒沢みえ、谷地よ志子、加賀見三夫、青木美斗里、石川ヤス、石川玲子、

石黒香津乃、小笠原秋峰、小林礼子、佐藤ふさ、沢田智子、高橋香女、滝キヨ、滝豊蔵、館洞芙蓉、立山ひろ、

成田功、西村きお、野沢せつ、守田寿津恵、谷地修二、安田雪松、和井内灯湖、渡辺忠三郎らであった。

また、「みづうみ俳句会」は創刊二〇〇号を記念として月山神社、大円寺、仁叟寺にそれぞれ献額を果たして

いる。

四一年露山没し、翌四二年冬園没して、四三年「十和田」一二月号に見る毛馬内の会員は大里清子、高橋節賀、

高橋ひろ、糖塚一顆、竹沢きぬ、高橋宇迦の六名となった。