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句集

田原東太『芸文

湖山木村裕太郎は、「森湖十の詩才」

によると一時森しげると改め、二八年

とわだ』第二号

頃から更に森湖十と稱した。短歌、川柳と作域広く「改新乃鹿角」が募集した「毛馬内小唄」

に応募して入選している。新聞の俳壇を主な活躍の場として、その入選句を切り抜きの貼り合わせで第五集まで

作った。「木村湖山作品集」は十和田図書館蔵。「よみうり文芸」石塚友二選

昭和三〇

年五月

)に「沼べりに来て野火

の舌たじろげり湖十」。

鍾児田原昭二は田原東太の弟、三一年、三〇歳で病没した。短歌を村木清一郎に、俳句を篠田悌二郎に師事、

没後に療養の仲間が「田原愁城追悼遺歌集」

大館床頭

短歌会

)を編んだ。愁城は短歌の号。集の後半が「田原鐘児氏追

だる

悼句集」(

)となっている。

ま会

朝蛙わが死場所に目覚めをり鐘児カンナ燃えて死も豊かなり兄の愛に鐘

また、「美静句集」は浅利成忠の遺句集、弟湖麓、湖賓及び露山の弔句。昭和二八年一〇月。

山荘の井戸水うましぐみの花美静秋雨や女人夫の濡れてゆく美静

「みづうみ」は鎌田露山句集、十和田俳句文庫5として三五年四月。序は増田手古奈。

いためぐる月日の中の初暦露山川千島啼く夜せつなく湯女づとめ露

俳誌き

花野」は田口広治句集。四四年五月刊、序は渡辺そてつ(

○。

ささき

雨を呼ぶ風にひともみ凌霄花広治稲架の上に月落ちかかる夜摺かな広

点眼」は高橋ひろ遺句集、五二年。本名ヒロ、良成、道人の母。

白菊のいま目にひかり神に謝すひろ飴玉を口にまろばし春を待つひ