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あらあらと声立てしかどすでにはやわが鋭心はにぶりそめつも安村金之助
五二年、花輪短歌会は第三歌集『銀龍草』を刊行した。
ほかに大里きよ、大里葉子、佐藤正二、佐藤秀雄、関昌子、館花チヤ子、田畑美稲、中島美代子、奈良東一郎
花田キヨ、村木隆夫、望月松太郎、山本皎、山口重吉、米沢勇次郎。今立浩は能代市、この頃鹿角を勤務地とし
ていた。工藤鈴蘭女は栄子、俳句の号でもある。安村金之助は男鹿市船川に住んでいた三三年から四年にかけ歌
誌「かおる」を編集発行、主要同人に福田幸太郎、杉山みどりがいた。村木隆夫は大館住、山口重吉は小坂。
花輪短歌会第二歌集『上津野』は、四八年一一月刊。新たな参加は小笠原草穂、海沼佐太郎、切田百合子、村
木よしえである。
口けんか〓じて解けぬ夕べにはかたみに老いの寂しさに居り小笠原草穂
紫苑咲き庭静かなる一日を夫としあれば心満つるも切田百合子
五二年、花輪短歌会は第三歌集『銀龍草』を刊行した。
紫の花木蓮よ壁落ちし土蔵に沿ひて共に老いたり安倍操
父母の贈り給ひし歸の寿司いただきて今宵年越す石木田敬子
訪ね来し盲ひの友は見ゆるがにポピーも桃も盛りと告げぬ兎沢八重子
信仰のあつかりし姑病む吾の心の支へとなりて生きつぐ故根市恭子
沈むごと衆僧の誦経果てしとき法堂に暁の光わたりぬ藤井白問
ほかに菅家映子、児玉節子、斉藤陽子、佐藤厚子、佐藤幸子、田中典子、田中実、松江末子、柳沢知子らの三
○名。菅家映子は仙台、田中実は毛馬内、安倍操は八幡平。根市恭子は五一年に死去し、遺歌集『日々臥して』
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が遺族によって編まれた。五二年刊。