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「蔦」は六〇年度に第一号を発行し、のち順調に号を重ねて平成三年度に第七号を発行している。第一号の巻頭

言を高谷愛二郎、あとがきを斉藤長八が記している。

残年は悲母観音のおくりもの大切にして孫を育てむ高谷愛二郎

バーゲンで求め来しとう品の中つまの見立てし吾がシャツもあり黒沢晨幸

大寒の夕べの光きらめきて疎林の影を濃く刻みたる斎藤長八

赤土の山肌さらす廃鉱に赤松の苗小さく根づく佐藤信子

堰川の瀬音そぞろに高まりてしのび来たれる春と思へり中村美保

裏山の桂の梢紅さして久しく待ちし春はきにけり谷地千代

春くるを拒むが如く吹雪く朝千手観音のお水きらめく田口静汀

朝夕の挨拶をしてひな段の前に坐しては孫歌うなり中村香代子

ほかに阿部妙子、諏訪京子、中村正夫、佐々木ミヤ、馬渕ソノ、石田君江、安保カネらである。

なお、四六年四月発行の「芸文とわだ」第一号には、文芸の部に十和田短歌会から七名の作品が寄せられてい

る。

華南戦線に我が読みし日日しるしあり斉藤茂吉の「万葉秀歌」高谷愛二部

一心に涙こらへし幼顔車窓と共に旅立ちゆきぬ佐藤信子

駒が岳山靴ザクザク進む時近くに搖るる女王コマクサ橋場キサヿ

および今立浩、田原東太、斎藤長八、柳沢ヒメである。十和田芸術文化協会主催による十和田新春短詩大会は

弟一回を昭和四七年に開催している。短歌の部の選者は石田玲水(

秋田市の歌誌

「寒流」主宰

一で、俳句の選も兼ねた。