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特選過疎により移住せる家軒ごとに柿を干したり白山団地斎藤長〓
入選残りたる楢の葉風に鳴るを聞き萱負へる身を雪に憇へり柳沢ヒノ
(俳句特選)豪雪に父の忌日の花を挿す高谷愛二郎
第二回十和田新春短詩大会は、四八年一月に開催。選者は短歌が秋田魁歌壇選者の武田武雄。俳句が「野火」
主宰篠田悌二郎、「十和田」主宰増田手古奈であった。
特選夕暮れて配達に来し舟場町とほき踏切点滅しおり奈良東一郎
秀逸山畠に萱背負ひ終へ板橋を外して月の夜道を帰る柳沢ヒ
(悌二郎特選)枯れきわむ野の明るさの幾日か滝豊哉
(手古奈特選)花のままあじさい枯れて冬に入る大里清子
黒沢晨幸は「北海道アララギ」に発表、更に「さきがけ歌壇」に数多く入選し、その推薦作家となっている。
斎藤長八は「アララギ」に発表。県内誌「寒流」に発表した人に佐藤信子、中村美保、斎藤長八らがいる。新
聞歌壇の投稿では朝日歌壇の近藤芳美選で推賞された田口静江の活躍もあった
柳沢ヒメは農村の生活体験を詠みつづけ、五三年四月死去、四九歳。歌集『牛を育てて』を五四年に刊行する。
朝仕事にはかんと軍手火に乾せば牛の匂いが泌みいて匂うヒ
観念しおれば鎮まる病むこころ永臥す身にてはじめて知れり一
高谷愛二郎は大湯から柏市へ六一年に移住し、平成五年同地にて死去した。八四歳。歌歴は初め「コスモス」、
のち「あらたえ」に属した。「さきがけ歌壇」の常連として注目されていた。『昭和萬葉集』に一首が掲載され