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業し新進ピアニストとして活躍していた。黒沢真澄については父隆朝の項で述べている。

四六年五月鹿角市吹奏楽団が結成された。

歌手

二三年阿部六郎を会長とする鹿角民謡研究会が結成され、郷土の正調民謡の保存につとめると

ともに、全郡素人のど自慢大会などの開催にあたった。三八年阿部会長の指示で成田与次郎

秋田

久保

〓)の門にあった田中アエ子

が、NHKのど自慢全国コンクール民謡の部で「秋田舟方節」を歌い、

日本一となった。

異色の作曲家である豊田一雄一

大正六

年-

)は湯瀬生まれ、昭和一五年東邦音楽学校卒。初め柳田一夫の名でテイエ

ク歌手、二四年から作曲に転じ「初めてきた港」「羽田発七時五十分」などのヒット曲をつくり、「八幡平小唄

「八幡平音頭」の作詞・作曲者である。ほかに四〇年に花輪出身の歌手三滝清志が、テイチクレコードから「〓

さらば舟唄」「郵便さんよ」などをだしている。八幡平黒沢出身の阿部八重子は、クラウンレコード民謡歌手と

して、そのワンマンショウを浅草国際劇場で催したこともある

土深井出身の村木賢吉(

昭和七

年-

七)は民謡で育ったが、昭和五二年歌謡曲の「おやじの海」が大ヒットし、翌年プ

ロデビューをしている。

和井内恭子は、十和田湖畔に貞行の孫として生まれた。本県出身の創作舞踊家石井漠の門に入

り、同門の大野弘史と結婚し独立した。昭和一六年第一回発表会の「大和」で文部大臣賞、一