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和歴(西暦)
一 般 的 事 項
鹿
角 関
係
事
項
た、環状列石を主体として遺跡である。調査区は台地上の緩い傾斜
地で、過去の土木工事や耕作による搅乱が地山にまで及んでいた。
その中から配石遺構九基、立石六基、掘立柱建物跡二六棟、柱穴様
ピット一三五基、土坑一二六基、フラスコ状土坑五基その他が確認
され、遺物は大部分縄文時代後期前葉のもので、土器·石器·石製
品など大湯環状列石の出土品とまったくといってよいほど共通して
いた。
とくにその配石遺構と墓が、それと対応する掘立柱建物群が四本柱
二棟、六本柱二四棟、合計二六棟が確かめられた。これらは大湯万
座環状列石を囲む建物群と同様な配置を示しており、大湯環状列石
の性格解明に有力な傍証を提供することとなった。
後期遺跡の発掘調査は、多く東北縦貫自動車道の事前調査として行
われた。
○居熊井遺跡 (宮麓地区)
○飛鳥平遺跡(同
)
○案内遺跡
(花輪地区)
○猿ヶ平遺跡(同
)
○草木小坂遺跡 (草木地区)
またおもな遺物包含地として大湯黒森山麓、毛馬内湯坂、岡田竹林、
大湯関上館、同狐崎、同堤尻、同和町、同大谷地開拓、同上屋布、草
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